橋本病が増え続ける本当の理由|甲状腺と栄養

健診で「甲状腺の数値、ちょっと気になりますね」と言われた経験はありませんか。橋本病はこの100年で診断数が桁違いに増えた病気です。原因は検査が広まったからだけではありません。この記事を読むと、なぜ増えたのか、そして35〜55歳の女性が今日の食事から何を整えられるのかが分かります。医師として31年、分子栄養療法の認定指導医として栄養と体の関係を見てきた立場から、研究の数字をもとにお話しします。

不安をあおる話ではありません。読み終わるころには、明日のスーパーで何をかごに入れるか、はっきりイメージできているはずです。

100年で診断数が桁違いに増えた

まず事実から。アメリカのメイヨー・クリニックという大きな病院では、橋本病の診断が1930年代には1年に2例ほどでした。それが1985年には1年で約500例まで増えています (PMID: 19942298)。

数十年で、けた違いの増え方です。

ジョンズ・ホプキンス病院の100年分の病理記録を調べた研究でも、橋本病の症例は長い年月をかけて増え続けたと報告されています (PMID: 23151083)。今では世界全体で、大人のおよそ7.5%が橋本病だという解析もあります (PMID: 36311599)。

橋本病は、自分の免疫が自分の甲状腺をまちがって攻撃してしまう病気です。甲状腺は、のどの下にある小さな器官。体のエネルギーの「アクセル」を調整しています。ここが弱ると、疲れやすさ、寒がり、気分の重さ、髪のパサつきが出てきます。35〜55歳の女性に多い不調と、よく重なるんですね。

「検査が広まったから」だけでは説明がつかない

増えた理由として、まず検査の普及があります。昔は手術で甲状腺を取って初めて分かりました。今は血液検査ひとつで抗体が見つかります。見つかる数が増えるのは当然です。

ただ、それだけでは説明しきれない、というのが研究者の見方です。

検査で「見つけやすくなった」分を差し引いても、実際に病気になる人そのものが増えている可能性が指摘されています。背景には、私たちの暮らしと食べ物の変化があります。ここがちょっと面白いところで、原因のひとつは「体に良い」とされてきた栄養素そのものなのです。

ヨウ素は「足りない」も「多すぎる」も問題

その栄養素がヨウ素です。

ヨウ素は甲状腺ホルモンの材料。足りないと甲状腺がうまく働きません。だから世界の多くの国が、食塩にヨウ素を足してきました。これは病気を減らした立派な対策です。

ところが、ヨウ素が増えた時期と、橋本病が増えた時期が重なっていました (PMID: 33914231)。

ヨウ素を取りすぎると、もともと体質的に弱い人では、免疫が甲状腺を攻撃する引き金になりうると報告されています (PMID: 19942298)。日本人は海藻からヨウ素をとる量がもともと多めです。昆布だしや海藻サラダを毎日たっぷり、という習慣が、人によっては多すぎる側に振れることもあります。

足りなくても困る。多すぎても困る。この「ちょうどよさ」が、甲状腺の難しいところなのです。

セレンが免疫の暴走をなだめる

ヨウ素のリスクをやわらげる側にいるのが、セレンというミネラルです。

セレンは、甲状腺の中で起きる「酸素の燃えカス」によるダメージを抑える働きを助けます。橋本病の人がセレンを補ったところ、甲状腺を攻撃する抗体(TPO抗体)の数値が下がったという臨床試験を集めた解析が報告されています (PMID: 38243784)。

セレンが多い食べ物は、まぐろ、かつお、卵、そしてブラジルナッツ。ブラジルナッツは1日1〜2粒で十分な量が入っています。たくさん食べればいいものではありません。ここも「ちょうどよさ」です。

ヨウ素とセレンの関係を、私はエンジンとオイルのようなものだと考えています。ヨウ素というエンジンを回すなら、セレンというオイルが切れていてはいけない。片方だけ多くても、うまく走らないんですね。

鉄が足りないと甲状腺の工場が止まる

35〜55歳の女性で、私がいちばん見落とせないと思っているのが鉄です。

甲状腺ホルモンを作る工場では、鉄が部品として使われています。鉄が足りないと、その工場の動きが落ちます。鉄欠乏と甲状腺機能の低下、そして甲状腺の抗体が出やすくなることの関連が、複数の研究をまとめた解析で示されています (PMID: 38004184)。

月経のある女性は、毎月鉄を失います。閉経前後はとくに、貧血と言われなくても鉄が底をついている「かくれ鉄不足」が珍しくありません。健診で貧血を指摘されていなくても、フェリチンという鉄の貯金の数値が低いことはよくあるのです。

赤身の肉、レバー、あさり、小松菜。これらを週の食卓に意識して戻すだけで、土台が変わってきます。

亜鉛とビタミンDも甲状腺の味方

残りの2つも短く。

亜鉛は、甲状腺ホルモンが体の細胞で力を発揮するときに関わります。牡蠣、牛肉、ナッツに多く含まれます。

ビタミンDは、橋本病の人で不足している割合が高いと観察されています (PMID: 28315909)。日光を浴びる時間が減り、日焼け止めが当たり前になった現代の暮らしと、無関係ではないかもしれません。鮭やきのこに含まれ、晴れた日に20分ほど外を歩くだけでも体は作れます。

ヨウ素、セレン、鉄、亜鉛、ビタミンD。どれかひとつのサプリで解決、という話ではありません。食卓全体のバランスが甲状腺を支えています。

桁違いに増えた、その先で私たちにできること

ここまでをまとめます。橋本病はこの100年で診断数が桁違いに増えました (PMID: 19942298, 23151083)。検査の普及だけでなく、ヨウ素のとりすぎ、セレン・鉄・ビタミンDの不足といった、暮らしと食べ物の変化が背景にあると考えられています (PMID: 33914231, 38243784, 38004184, 28315909)。

ここで大切なのは、「増えた」で終わらせないことです。

あなたにできるのは、今日の買い物かごを少し変えること。海藻を毎日大量にとっていたら、少しゆるめる。赤身の肉や卵、あさりを週に戻す。ブラジルナッツを1日1粒。鮭やきのこを足す。むずかしい計算は要りません。

これは病気を治す薬の話ではなく、あなたの体が本来の調子を取り戻すための土台づくりです。夕方になっても頭が重くならない日、朝の冷えが気にならない日。そういう日を増やしていく作業です。

私がこの先、もう少し確かめたいこと

ひとつ、私の中でまだ宿題が残っています。

ヨウ素の「ちょうどよさ」は、日本人と欧米人で同じなのか。海藻を食べる文化を持つ私たちには、世界共通の基準とは別のものさしが要るのではないか。ここはこれからも研究の数字を追いかけていきたいところです。

甲状腺の不調を感じている方は、自己判断でヨウ素やサプリを大きく増減させる前に、血液検査の数値をもとに専門の医師に相談してください。数字を味方につけることが、いちばんの近道です。


出典

  • PMID: 19942298 — Environmental Triggers of Autoimmune Thyroiditis(自己免疫性甲状腺炎の環境要因。メイヨー・クリニックの診断数推移・ヨウ素・セレン・ビタミンD)
  • PMID: 23151083 — Caturegli ら. Hashimoto’s Thyroiditis: Celebrating the Centennial Through the Lens of the Johns Hopkins Hospital Surgical Pathology Records(ジョンズ・ホプキンス100年病理記録)
  • PMID: 36311599 — Hu ら. Global prevalence and epidemiological trends of Hashimoto’s thyroiditis in adults: A systematic review and meta-analysis(世界の有病率メタ解析)
  • PMID: 33914231 — Iodoprophylaxis and thyroid autoimmunity: an update(ヨウ素摂取と甲状腺自己免疫)
  • PMID: 38243784 — Selenium Supplementation in Patients with Hashimoto Thyroiditis: A Systematic Review and Meta-Analysis of Randomized Clinical Trials(セレン補充RCTメタ解析)
  • PMID: 38004184 — Relationship between Iron Deficiency and Thyroid Function: A Systematic Review and Meta-Analysis(鉄欠乏と甲状腺機能)
  • PMID: 28315909 — Liontiris & Mazokopakis. A concise review of Hashimoto thyroiditis and the importance of iodine, selenium, vitamin D and gluten(ヨウ素・セレン・ビタミンD・グルテン総説)
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