夕方になると決断できなくなる本当の理由 | 1995年の論文が示した「マグネシウム不足の脳」

夕方、献立すら決められない日がありませんか。 意志が弱いのではなく、脳の電気そのものが過敏になっているのかもしれません。 1995年に発表された論文を読むと、わずか115mgのマグネシウム不足で、 健康な女性の脳波が6週間で揺らぎ始めたことが分かります。 医師歴31年・分子栄養療法認定指導医のDr.りこが、その実験で何が起きたのかを解説します。

結論を言いますと・・

マグネシウムを1日115mgに減らした女性たちの脳波は、6週間で過敏な方向へ動きました。 前頭部、右側頭部、右頭頂部。 つまり考える・話す・感じるの3つを担うエリアで同時に変化がおきました。 115mgというのは、現代の日本女性の食卓ではむしろ届きやすい数字でもあります。

論文の中で行われていたこと

舞台はアメリカ農務省の研究施設、Grand Forks Human Nutrition Research Center。 1995年、栄養学者の Penland 博士が13人の閉経後女性を対象に 二重盲検ラテン方陣デザインの介入試験を行い、 その結果を Magnesium Research 誌に発表しました。

被験者の年齢は50〜78歳。全員、健康な女性でした。

献立自体は施設のキッチンが全期間にわたり全く同じものを提供していて、 変えたのはマグネシウムとホウ素という2つの栄養素の量だけ。

マグネシウムは1日115mgか315mgのどちらか、 ホウ素は1日0.23mgか3.23mgのどちらかという設計でした。 この4通りの組み合わせを、それぞれ6週間ずつ、 合計24週間にわたって全員が順番に体験していきます。

ラテン方陣というのは、誰がいつどの組み合わせを摂るかを規則的に入れ替える方法です。 順番の偏りで結果が歪まないようにする、研究デザインの工夫なんですね。

そして6週間ごとに、頭皮の8カ所に電極を貼って脳波を測定しました。

脳波が「過敏になる」とはどういう状態か

脳の中では、無数の神経細胞がたえず微弱な電気信号をやり取りしています。 その電気の波を頭皮の上から拾って記録したものが脳波です。

健康な脳の脳波は、ゆっくりした波と速い波がバランスよく混ざっています。

ところがマグネシウムが不足すると、このバランスが崩れていきました。 波の高さが大きくなり、本来は静かなはずの瞬間にも電気信号が立ち上がりやすくなる。 これが「過敏化」です。

たとえるなら、普段は気にならない隣室の話し声が、ある日から妙に大きく聞こえる感じ。 居酒屋さんなどで、目の前にいる人の声が聞こえにくく、隣の人の声がやたらと耳に入る感じですね。 脳の中で、入ってくる刺激への反応が一段階強くなってしまった状態とイメージしてください。

論文では、ゆっくりした波から速い波まで4つの帯域すべてで過敏化が観察されました。 一部だけが揺らいだのではなく、脳の電気活動の全層で動きが出たということですね。

変化が出た3つの場所が物語ること

過敏化が確認されたのは、前頭部、右側頭部、右頭頂部の3カ所でした。

前頭部は、ものごとを判断したり段取りを組んだりするとき、いちばん働くエリアです。 右側頭部は、人の声や感情のニュアンスを受け取るとき。 右頭頂部は、自分の体の感覚や周りの空間をつかむときに使われる場所です。

脳の司令塔とも言える3つのエリアが、ある日いっせいにざわつきはじめる。 決断、対人、体感覚という、暮らしの土台になる働きが同時に揺らいだ、と読み替えることができます。

ここがちょっと面白いところで、3カ所のうち2カ所が右側に偏っていたんですね。 論文の中でも、なぜ右側で変化が大きかったのかは明確には説明されていません。

115mgという数字が現代日本女性に近い理由

実験で使われた低マグネシウム条件は、1日115mgでした。

日本の食卓は、ダイエット中の方、外食やコンビニ食が中心の方、 加工食品を多く使う方の場合、知らず知らずのうちにマグネシウムの摂取量が この115mgに近い水準まで下がっていることがあります。

つまり、論文の中で脳波が過敏化した条件は、特殊な実験条件ではなくて、 日々の食卓のちょっとした傾きで届いてしまう範囲ということです。

「健康な人」と呼ばれていた被験者の脳ですら、6週間でゆらいだ。 そう考えると、ちょっと驚きませんか?

ホウ素という、見落とされていた栄養素

この実験ではマグネシウムと一緒に、もう1つホウ素という栄養素が操作されていました。

ホウ素はナッツ類、果物、葉物野菜に多く含まれるミネラルです。 日本ではほとんど話題にならない栄養素なんですね。

論文を読むと、マグネシウム不足による脳波の変化は、 ホウ素も同時に低い条件のときに、より強く出ていたことが書かれています。 マグネシウム単独の量だけで脳波が決まるのではなく、 ホウ素という別のミネラルとの組み合わせで結果が変わってきた、ということです。

栄養を1つだけ取り出して語るのは、本当はかなり乱暴なことなのです。

あなたの脳に起きていること

実験から30年経った今、私たちの食卓は当時のアメリカの実験食より、 もしかしたら厳しい条件にあるかもしれません。精製された白い炭水化物、加工された油、ファストフード。これらはマグネシウムをほとんど含みません。

夕方になると献立が決められなかったり、子どもの何気ない言葉に過剰に反応してしまったり、 体のどこかがざわついているのに原因が言葉にならなかったり。

それらは性格の問題でも、年齢のせいでもなく、脳の電気そのものが過敏方向に振れているだけ、 という可能性があります。論文の中の女性たちと同じ場所で、同じ揺らぎが起きているのかもしれません。

取り戻せるかもしれないもの

論文の中で脳波が過敏化したのは、マグネシウムを6週間制限した結果でした。

逆に言えば、6週間という時間軸で脳の電気は変わるということです。1ヶ月半。 意外と現実的な単位ではないでしょうか。

夕方になっても献立を即決できる感覚。 家族の声がやさしく聞こえる夜。寝る前にちゃんと脳が静かになる感じ。 30年前の論文が示しているのは、脳の電気を整える鍵のひとつが、たった1つのミネラルの量にあった、 ということなんですね。

ここから先、もう一つ確かめたいこと

この論文は閉経後の女性が対象でした。50代以降の脳に関するデータです。

私が次に調べたいと思っているのは、 35歳から閉経前までの女性、つまり月経周期があり、 鉄も同時に消費されている世代で、マグネシウム不足がどう脳波に出るのか、 というところです。

ホルモン変動と栄養不足が重なる時期の脳は、もしかしたら閉経後よりさらに揺れやすいのかもしれません。

ここはまだ、私の中でも答えが出ていない問いです。

出典

– Penland JG. Quantitative analysis of EEG effects following experimental marginal magnesium and boron deprivation. Magnes Res. 1995;8(4):341-358. PMID: 8861134

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